ホーム > 県立病院機構について > 理事長挨拶 > 理事長コラム > 「窓」(Medicine) 外国の医療体制と見比べて!<復興に向けて>(全自病協雑誌第50巻第11号掲載)
ここから本文です。
最終更新日:2011年11月29日
(全自病協雑誌第50巻第11号掲載)
静岡県立病院機構 理事長 兼 静岡県立総合病院 院長
神原 啓文
東日本大震災において多くの人命が失われました。被災された方々には心からお悔み申し上げますと共に、これからの復興に向けて前向きに取り組んで頂けることを願っております。
さて、全国の多くの地区でみられる医師や看護師不足、東北3県からの医療者の流出、さらに年々 の医療費の増大についての報道などを耳にするにつけ、この際我が国の医療を大きく見直してみることも必要ではないか思っている。 日本は、少ないコストで世界に冠たる医療体制を築き上げてきた。しかし、高齢化と少子化、さらに経済の低迷、ガバナンスの不足などから、日本の社会に大きな綻びが生じ始めている。残念ながら、医療制度もその一例と言えそうである。
本協議会誌の他所(平成23年4月号)で、海外医療視察団報告として詳しく述べているが、かつての日本がそうであったように、キューバは非常に限られた財源、資源の下でも世界トップレベルの医療環境を達成可能であることを改めて実証した。「キューバ方式」の骨子は環境衛生と予防医学に力を入れていることである。そのシステムを簡潔に述べると、1次レベルの医療は住民400~1200人に対して一ヶ所の割で全国に張り巡らされたクリニコ(診療所;3万ヶ所以上)と数十ヶ所のクリニコを束ねるポリクリニコ(総合診療所;約500ヶ所)のプライマリーケア・ネットが担っている。クリニコには血圧計がある位で問診や身体所見の把握が主となっており、毎週小児科医と産婦人科医の巡回が行われる。住民検診や各家庭の環境や衛生状態の調査なども実施している。ポリクリニコでは1次救急処置、心電図、用手的血液検査、心筋梗塞に対するストレプトキナーゼ治療(静注)などを行っている。実際、日常的な200疾患の内の120疾患程度はこのレベルで対応出来ているとのことであった。2次レベルの医療は市立・県立病院(約220施設)で提供され、さらに3次レベルの医療は13の国立病院で行われる。これらの病院 では、限られた医療機器ではあるが、ハイアウトプットの診療を実践している。
日本に比較的よく似た体制を採っているカナダでも医療費の増大が大きな課題になっている。カナダの平均在院日数は一週間未満と非常に短く、医療資源を最大限活用しようという施策をとっている。そのためベッド当たりの医療スタッフは日本の数倍導入しており、結果的にGDP に対する医療費の比率は日本より少し多くなっている。日本も同様であるが、急性期から慢性期・介護までの一元的な管理システムは出来あがっておらず、その実現を目指している。また、退院後の後方施設が不足しており、オンタリオ州などでは米国の施設を利用する患者もあり、これはオンタリオ州にとって財政的な負担となっている。
北欧の国々でも、病院の受診は救急でない限り、プライマリーケアを担当するGP(General Practitioner)からの紹介が原則で、診療所レベルで特殊な検査や高機能の画像診断がなされることはない。急性期病院の病床は限られているため、救急以外の入院は待機期間がかなり長くなる。病院間では役割分担がしっかりと行われており、大学病院でも本院では心臓外科治療は受けられても、分院では循環器内科のみ、その代り呼吸器系の専門医療は分院でなされるなどの工夫がされていた。この様な分担はアメリカでも同様で、メイヨークリニックのような巨大病院群でもみられ、コスト意識の高いことが感じられた。北欧の病院における入院期間も1週間程度と短いため、後方施設への転出準備を入院当日から始めなければ新たな入院患者を受け入れられない状況が生じる。転出が一定日数を超えると、その入院費用は病院の持ち出しになる。
一方、よく知られているように北欧ではリハビリテーションや介護、在宅支援システムが大変充実しており、ケア付き住宅も多い。この分野では看護師の役割が大きく、入居者の病状が変わると看護師がトリアージをして、必要な場合のみGP に連絡する体制が出来ている。驚くことに、そのような介護施設で寝たきり老人を見ることはない。蛇足ではあるが、長すぎる臥床は人間にとっては有害そのものである。立位を取ることが人類の進歩・発展において重要とされ、直立二足歩行を始めたことが人類の誕生に繋がったとも言えるようで、それにより現代人の体型が出来上がり、脊椎骨が垂直になって大きな頭(脳)を支えることが出来るようになった。このような人類の発展の歴史を念頭に、北欧では徹底的に臥床を避けるようにしている。また、リハビリテーション設備に加え、出来るだけ日常生活に近い環境を施設内に設けるようにしており、日本の老人病院とはその様相を異にしている。日常の中で自然に生きる権利(ノーマライゼーション)と自己決定権が誰にも尊重されている。胃ろうの増設や経管栄養を受けている高齢者を施設で見ることもない。このような処置をせずに自然な経過、自然な死を向える文化を許容する姿勢が出来上がっているようである。医療の限界を知り、単なる延命的な処置を是としない社会なのである。安楽死や臓器移植に対する姿勢も同じ社会文化の土俵に立っていると考えると理解しやすい。このように医療に対する考え方は日本と明らかな差がある。日本人の多くが死に直面したときにその延命に執着し、医療に対して過大な期待を持つ傾向があるのとは大きな違いである。自然、看取りの9割は病院外でなされ、日本とはその比率が逆転している。介護施設での看取りも8~9割に達するということもうなずける。しかし日本の介護施設と異なり、明るく、家族との接触も緊密で、多くの親族が施設を訪問し、楽しそうに食事を共にしている様子を目にすることが出来る。
北欧の多くの国では、医療費の枠内で診療を行い、過剰な診療は診療所の持ち出しになる。住民の健康保持、予防が診療所機能の重要な一面になっている。その典型が英国で、NHS(National Health Service;1948年設立)により医療提供体制が作られてきたと言える。NHS 予算の8割は税収で賄われており、そのプライマリーケア制度は人頭割で診療費がGP に支払われる。しかし病院の機能は必ずしも効率的ではなく、入院待ち日数は数カ月以上に及ぶことも多かった。サッチャー、メージャー
両保守政党の首相は18年間にわたり医療費を厳しく抑制したため医師のモチベーションは上らず、医師の海外流出などもあって医療は疲幣の極に達した。医療システムの改善なしで、医療経済的な締め付けのみでは失敗に終わるという典型的な例である。ブレア首相(労働党)はその弊害を改善するべく医療費を手厚くし、5年間に1.5倍に増加させ積極的な改革を行った。その結果、がん患者が手術を受けるために数カ月待つという状態も1カ月程度に改善したという。
わが国では医師の養成が急務であり、医療の細分化が進む中、総合医の養成やあるいは自治医大方式による医師の配置システムなどを取り入れなければ医師の偏在化を克服することは困難に思われる。ちなみに、キューバでは医師の教育も、低コストで、実践的な教育がなされている。その特徴は基礎医学のみを大学で行い、3学年からの教育は主にクリニコから始まる臨床現場でなされている。このように非常に効率的に臨床医の養成が行われるようになっており、自国の医師のみならず中南米から毎年約1000名の学生を受け入れ、無料で医学教育を行っている。外国からの留学生は、帰国後は母国の過疎地などで診療に従事することを義務づけている。日本では想像もできない施策である。しかもキューバの医師免許は米国カリフォルニア州などでも認められたそうで、そのシステム構築は社会主義国家だからという理由だけでは片づけられないように感じた。
どの程度の医療・社会福祉を求めるのかは国民が決めることではあるが、年々膨らむ日本の医療費をみる時、それにふさわしい医療にそのコストが振り向けられているのか改めて考えてみる必要がある。過剰なあるいは無駄な医療を行っていないだろうか。間もなく訪れるのではないかと危惧されている国家財政の破綻が生じるまで待つことは出来ない。医療経済学者の松山幸弘氏はIHN(IntegratedHealthcare Network:統合ヘルスケアネットワーク)を提唱、マクロ的な観点から政府主導型のIHN 構築が避けて通れないとしている。日本の迫りくる財政危機には日本版IHN が必要で、自治体病院などが核となり、場合によっては大学をも含め、人口100万人位をカバー出来る数千床単位のIHN を提案している。IHN は急性期だけでなく、プライマリーから慢性期、介護、在宅までを包含するもので、いくつかの病院が分担、垂直統合したシステムである。医療の効率化には大型化が必要との別の研究もあり、多くの医療機関が縦横のネットワークで結ばれ、統合的に運営することが無駄を省く上でも重要と考える。検診業務から始まる予防医学を実践し、高度医療を行うとともに、在宅の看取りまでシームレスな医療を提供するシステムである。実際の統合は、紙に描くように易しくはないが、松山氏は官主導型を提案している。この震災をきっかけに東北地方に医療特区を設け、このような医療の巨大プロジェクトの実現に向けて取り組むことを提案したい。大震災の復興に向かうこの時期にこそ可能ではないだろうか。
![]()
部署名:経営管理課
電話:054-200-1610
ファックス:054-247-1021